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ジャズマンス20年の最後に思う事.その.1

このところジュニア世代のジャズ演奏が盛んだ。

この事は1980年代には見られなかった事で
1990年代後半からのように思う。

実際1998年から開始した旭川でのジュニアジャズオーケストラ
結成時にはろくな指導メソッドがなかった。
当時IAJE(国際ジャズ教育協会)に問い合わせて資料を
取り寄せてもも自分のバンドでほとんど使えないものが多い。

2000年に入ってからは、クラブ活動の一環としてジャズ
取り上げられるようになり、各地でフェスティバル、コンテスト
も行われるようになってきている。

ジャズの底辺が広がる事は大変良い事で、何も悪い事は
なく思うが、本当か?

某コンテストの審査員は「コンテスト自体モチベーションが上がるので
悪いものではない」と言う。

ではそれがないと子供たちはどうか?なくても好きな子は続けるだろうし、
その反対もある。

では、一番困るのは?。 きっと指導者だろう。
指導者でプロ並みの演奏技術を持つ人は少ない。
ジャズの本質を見極めようと研究している人も
それほど多くないではないだろうか。

私は「素人の幼児からジャズに繋がる指導が必要と思っている」
ジャズは本来おおらかで、素朴なものなのである。
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技術偏重の指導ではないあり方が、必要とも思っている。
ジャズのカテゴリーありきの指導ではない、風土から生まれるジャズ
と言ってもいいかもしれない。

本当に音楽が根付く為の条件は何だろう。
20年考えて来たが、結論は出ていない。

しかし、見えて来た事はある。
どうも、この日本の音楽の本当の意味の底辺は底が浅く感じる。
クラシックもジャズもポピュラーも。
なぜだろう。

考えてみたらそれはそうだ。
明治以降西洋音楽が輸入されてたかだか100年しか経っていない。
昭和から数えるともっと少ない。

この明治から昭和の時代に輸入?された音楽のあり方に
問題があるのかもしれない。
そして西洋音楽一辺倒の音楽教育も。

しかし、この写真。
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クリ.3.1

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しかし、その複雑な問題もこの子供たちの底抜けに明るい笑顔が
大きなヒントになるだろう。

それを考える今後になりそうだ。












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ジャンル : 音楽

最後のジャズマンス終了!その.1

 2015年11月22.23日とコンサートを行い最後のジャズマンスが終了した。

今年もやはり最後迄なんだかんだとバタバタ走り回る。
一番の要因は初日の出演者を100名にした事。
後悔はしていないが、600名収容の音楽堂に100名の出演者。
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今回、吹奏楽分野で全国的にも著名な、旭川商業高校吹奏楽部
に参加を依頼した。
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当初は多くて40名位を考えていたが、エリック宮城他6名との
共演はそうないこと。なるべく沢山のメンバーをステージに。
と、考えるうちにステージスタッフ含め、部員88名全員がステージに
上る事に。
そういえば、ジュニアジャズの最初の同じ経験が蘇る。
98年の63名のビックバンドだ。
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今回、どうしてもやりたかった事に、民族楽器の為に書いたオリジナル曲
『WIND OF ASIA(アジアの風)』をシンフォニックスタイルに直し演奏する事。
この曲は三部構成からなり、アンコール迄含めた4曲である。
曲中にはアイヌのウポポ、ムックリ、様々な民族楽器が含まれる。
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その曲を若い世代が風の役割を果たし演奏する。
その為、商業高校73名、ジュニアジャズOB25名、ゲスト6名、104名の
オーケストラが出来上がってしまった。

当日はゲスト演奏に始まり、サミーネスティコの吹奏楽曲、オリジナルと進む。
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今回一番驚いた事に、場面転換のセッティングが早い。
通常15分はかかろうかと言う場面が7〜8分で終わる。
こんなのも珍しい。 というより初めてだ。

商業部員のチームワークが素晴らしく、何か明るい日本の未来を
見るようで気持ちがよい。
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100名の本番は、色々やり残した事はあるが、やり慣れない民族音楽
のスタイルに挑戦した、次世代のメンバーに最大級の賛辞を贈りたいと思う。
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このコンサートを1年前から計画。
たった2時間弱のコンサートの為に費やした時間。
終わった瞬間、込み上げて涙が出るかなと思ったが、
それよりもスッと肩が軽くなった。

アジアンキッズジャズの集大成と銘打ったコンサート。
まず初日は成功ということにしよう。

その.2へ















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ジャズマンス温故知新 その.4//2003〜2005

 その4となる温故知新は2003年から2005年迄。

2006年は世界最大のジャズ教育教会(IAJE)のトップ3
を招いて行われた。
そのトップは何と行っても、リチャード・ダンスカム氏。
日本で知らない人がほとんどだが、米国ジャズ教育に関わっていて
知らない人はまずいない。
03.08 のコピー
この方の推薦もあり、ジュニアジャズはニューヨーク招待公演
を行った。
そのIAJEジャズコンファレンスは、ジャズの事に限っては何でもある
巨大な見本市みたいなもの。何とも想像を遥かに超えた規模だ。
そんなIAJEだが現在はなくなってしまった。
規模が大きくなりすぎたとの話もある。

2004年は巨匠エド・シグペンを招いての開催。
オスカーピーターソントリオのシグペン氏は
何度聞いた事だろう。
我が青春のレジェンドだ。
来日時は、最晩年。
力は衰えていたが、他を圧倒するブラシワークは健在。
これには何とも感動した。
04.06 のコピー
2005年。この年はサミーネスティコの年。
ビックバンドを経験した人間でネスティコ氏を
知らない人はまずいない。
2004年ジュニアジャズがニューヨーク招待公演を
行ったおかげで、ネスティコ氏とつながり、ジャズマンス
への参加となった。
来旭期間の1週間、夢の様な時間を過ごした。
この後、もう一度と思いオファーしているが、
高齢のため実現していない。
05.09 のコピー
それはそうだ。来旭時83歳。現在93歳でまだ現役。
本当に素晴らしい。

いつまでも現役でいて欲しい。

2006年に続く。











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ジャズマンス温故知新 その.3//1999〜2002

1999年ジャズマンスも始めて早、5周年。
5年目には多彩なゲストでお祝いをした。
この面々を見たら、よくまあ・・こんなに集まった感じです。
2015年の今ではみんなが、スーパーな活動をしている面々ばかり。
この年始めて、ジャズマンスにエリック宮城登場!
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2000年、時代は21世紀に入る。
考えてみたらジャズマンスは20世紀末から21世紀初頭にかけて
行ったことが、妙な意味がある気がする。
その年1年をかけて、米国ボストンから自閉症児のビックバンド
を招聘した。このバンドは腰が抜ける程ビックリ。
上手い下手でいえば、下手。しかし、驚くのはエリントンサウンド
がしている。ジュニアジャズとは何か大人と子供。
何だろうか。この違い。ジャズの本場うんうんの他に、何か
大きな違いがある。・・・。
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2001年、昨年初登場の椎名豊を中心に、強力なリズムセクション
を迎えて行った『ルーツオブジャズVo.1』
ベースのレジナルド・ビールの強力なこと。
笑ってしまう程、強力。そして柔軟、繊細、豪快なんでもあり。
脱帽だ。
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2002年『ルーツオブジャズVo.2』
エリック宮城が自己のバンド『EMバンド』を引き連れてこの旭川に
初登場。
まあ、音の良く鳴ること、鳴る事。笑ってしまう程、鳴ります。
ビックバンドの豪快さと楽しさを存分に味わった年でした。
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2003年に続く。 

ジャズマンス温故知新 その.2/1995〜1998

 1995年に始めたジャズマンスイン旭川(ジャズマンス)
何と行ってもこの年の画期的だった事は、あのゲイリーバートン
が1ヶ月旭川に滞在したことだ。
ゲイリーはもうすでに、巨匠レジェンドの仲間入りをしている。
その1ヶ月滞在の最終日クリスタルホール音楽堂でコンサートが
行われた。TPタイガー大越、PFフェビアン・レザ・パネ
そのコンサートは色々な意味で、後に重要なコンサート
となる。
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96年のハイライトは何と行っても『自閉症児の音楽教室』
あのゲイリーバートンも参加。教室の最終日、集合写真を撮り
子ども達にもみくしゃにされながら、涙をぽろぽろ流していた
ゲイリーが懐かしい。この画期的な音楽教室は現在でもスモールワールド
として続いている。
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97年小曽根真が弦楽四重奏の為の曲を書く。
当時バークリー音楽大学を出たばかり、新進気鋭の
小曽根真に委嘱し、実現したもの。
その後、彼は作曲を本格的に勉強するため、イーストマン音楽院
に留学。その後は知っての通り、日本の代表するピアニストに。
写真はクリスタル公演のもの。
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98年、4年間温めて来た企画『JMIAジュニア・ジャズオーケストラ』
を結成する。このオーケストラは小中学生63名。
何でこんなに多いのかというと、オーディションをしなかったからだ。
『音楽をやりたい気持ちに優劣はない』との判断でこうなったが、
日本で誰もやっていない63名のジュニアジャズをやったお陰で、
多少の事に動じなくなった。
慣れとは怖いものだ。
今は皆さんレジェンドとなったゲストの皆さん、本当に若い。
9808JJOコンサート
99年に続く





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