スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

和製ジャズ温故知新.1/二村定一

日本におけるジャズの先駆は、明治四十五年(出港してから、数日後には、七月三十日、
明治天皇が崩御することになり、大正に改元)アメリカ行きの東洋汽船の地洋丸
(グリーン船長)に乗り込んだ五人の青年たちにはじまる。波多野福太郎、奥山貞吉、
田中平三郎、斉藤左和、高桑慶照、いずれも東洋音楽学校(現在の東京音楽大学)の
卒業生だった。

この船出には当時校長であった鈴木米次郎も夏休みを利用して一緒に乗船した。
彼らは、はてしなく広がる太平洋の海原を見てそのかなたにあるジャズの発祥の国に想い
をはせ、期待に胸を躍らせた。
『私の青空 二村定一 ジャズ・ソングと軽喜劇黄金時代』

日本のジャズの黎明期の前、先駆となった人のこと調べている。
調べてみると1900年初頭からすでに、ジャズと言えないまでも、ポピュラーとも付かない
ジャズとも付かないクラシックの要素の入ったものが、この時代にある。

上記に出てくる二村定一とは、"My Blue Heaven"(私の青空)で一世を風靡する
人である。上記の明治45年というと明治の終わり、大正に入ろうかという頃である。
この時期から日本にはジャズの芽がある。
それから考えると100年もの歴史がある。 アメリカのジャズが形創られたのが1890年後半
なので、ほぼ同時期に時代が作られていたことになる。
これは、非常に重要なことで、輸入大国として名を馳せている日本が、上記記述によると
逆に向こうに押しかけたともとれる。
この時期のことを調べると、知っている名前は「二村定一」位しかいないが、昭和にはいると
服部良一らが活躍を始める。1930年前後の話である。 

アメリカではこの時期すでに
スイングジャズが始まっている。


以下次回に。

テーマ : JAZZ
ジャンル : 音楽

Comment

非公開コメント

プロフィール

jazzmonth3567

Author:jazzmonth3567
ジャズマンスイン旭川ブログへようこそ!

最新記事
カテゴリ
カレンダー
06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
月別アーカイブ
リンク
最新コメント
最新トラックバック
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。