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ジャズマンス温故知新 その.1/ジャズマンス前夜

今年で20年の活動に幕を下ろすジャズマンス・イン・旭川(ジャズマンス)。
山あり谷ありのJMIAだったが、20年間あらゆる企画を多方面に発信し続けた
軌跡を数回にまとめて語る、ジャズマンス温故知新。

ジャズマンスは1995年に始まるが、正確には前年1994年から
始まっていると言っても良いだろう。
1994年その年、20年ぶりというチックコリアとゲイリーバートン
のDUOコンサートが、この旭川で開催された。
全国公演ではなく、旭川のみで行われたのである。
彼らは『クリスタルサイレンス』と言う歴史的名盤を残している。
94.チック&ゲイリー.1

2人ともジャズ界を背負っているレジェンド。
そんな事がどうして可能なのかは、その後のジャズマンス
につながって行く。

日本公演に来ていたチック、ボストンから1日のコンサートの為
来日したゲイリー。これを可能にしたのは、2名。
小高氏(チックの日本窓口代表)とジャズマンス代表村田和子。
チックのオフ日(2日)を利用して、旭川のみでゲイリーとランデブーという
非常に危ない計画だ。何かがトラブれば、チックの公演に穴が空き大損害。
そんなリスクをしょって小高氏が決断してくれたのである。

何でか聞いたが『クリスタルホールがあって、クリスタルサイレンス、
これは何かの巡り合わせ、やらないとダメでしょう』
という。 その後もジャズマンスで小高氏にお世話になるが、
今はない海外タレント招聘大手の「カンバラミュージック」を背負っていた人である。
彼は数々の海外演奏家を招聘して来たその道のプロ中のプロである。

80年代から90年代にかけてジャズフェスティバルが山ほど行われて
いたが、その流れを作ったのも小高氏である。
氏は『マウントフジジャズフェスティバル』等様々な
仕掛けを作った張本人である。

11月のもう雪が降ろうかと言う寒い日、リハーサル、本番と自分も
同行した。その時チック、ゲイリーに会ったのは初めてだ。
あのリターントゥフォーエバーとラ・フェスタのチックだ!。
94.チック&ゲイリー.3
リハーサルから音楽堂の会場で聞いたが、2人とも20年ぶりとは
思えないテンションの高さ。これが、世界の最高峰かと唖然とする。
94.チック&ゲイリー.4
コンサートは全国から情報をつかんだファンで超満員だ。
チックの配慮でステージ上まで人がいる。
自分は主催者の一人だが、コンサートが始まるとただの一人のファンである。
もう、名曲の数々。アンコールの『ラ・フェスタ』には聴衆みんなが
泣いた。何だろうこの気持ち、雰囲気、感動。
94.チック&ゲイリー.2
その時もらった感動が次のジャズマンス初年に繋がって行く。

次回へ。








テーマ : JAZZ
ジャンル : 音楽

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