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ヒストリー・オブ・ジュニアジャズ/2004年・IAJEニューヨーク招待公演へ!その.2

ニューヨーク招待公演のその.2です。

前日の全員死んだ音のようなリハーサルから、気をとり直し本番へ。
少し記憶が定かではないが、このコンファレンス3日間を通じて24時間演奏が続く。
出演団体はどのくらいだろう。100以上あるのは確実だと思う。

blog_import_50549a7aadf58.jpeg それも、フィル・ウッズの次にランディー・ブレッ
 カーが出ていたりする。
 本当に日本では考えられないIAJEはジャズの見本市
 みたいなところである。

 自分たちの演奏時間は50分。 会場はほぼ満杯。
 前列の席にはダンスカム氏が座っている。
 その隣はと見ると、何とあの編曲の巨匠サミー・
 ネスティコではないか!。

 カウントベイシーと組んでヒット曲を連発し、
一時代を築いた名アレンジャーである。
「Basie Straight Ahed」の作曲者である。このときの出会いが後の旭川への招聘につながって行く。
これはにはさすがに気が動転した。子供たちはと言えば、何も状況が分からないので呑気に
ニコニコしている。時差から少し回復してきたのかも知れない。

blog_import_50549a7c83d99.jpeg 演奏はあっという間に終わり、会場は日本から
 来たちびっ子ジャズオーケストラに多いに盛り
 上がった。
 関係者に話を聞いてみると、長年のIAJEの開催
 で日本からジュニアで参加したのは、このJJOが
 初めての事らしい。
 少し誇らしい気持ちになりました。
 この部分もう少し書きたい事もあるが、珍道中記
 の本が一冊書けるくらい色々な事があったので、
 違う機会に書きたいと思う。

※宿泊ホテル「ヒルトンホテル」内での記念写真。

この年は日本に帰ってからもう一人ドラムの巨匠「エド・シグペン」との共演
が待っている。

blog_import_50549a7e4dc0c.jpeg エドはオスカーピーターソントリオの黄金期を作った名
 ドラマーである。 その彼をデンマークから招聘して共演
 しようというもの。

 2004年当時74歳。全盛期の勢いは衰えていたが、ピーターソン
 トリオで見せたブラシの華麗な演奏は健在である。
 彼から、JJOのメンバーはジャズのリズムの極意を教えて頂いた。

blog_import_50549a7f8b6a8.jpeg 本当にうらやましいメンバーである。
 代表をしている私であるがつくずくそう思う。
 2004年は本当に嵐のような年である。

 この時期がJJOとしても一番元気があった時期かも
 しれない。この年のサミーネスティコとの出会いが
 2005年の初来日、初共演に繋がっていく。


 以降2005年へ。



■2004年の共演者
 ●11月ジャズマンス・イン・旭川2004(JMIA10周年記念事業)に参加。
 (共演:リチャード・ダンスカム、エド・シグペン、エリック宮城、土岐英史、片岡雄三、
     大石 学、岡田 勉
 ●11月第5回JMIAジュニア・ジャズオーケストラクリエイティブコンサート。
  (共演:リチャード・ダンスカム、エド・シグペン、エリック宮城、土岐英史、片岡雄三、
      大石 学、岡田 勉

テーマ : JAZZ
ジャンル : 音楽

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